1.押川家寄贈資料
東北学院創立者、押川方義関係資料は押川家より数回にわたり寄贈を受けております。最初は1903(明治36)年、方義自身により蔵書百数十冊(洋書)が寄贈され、東北学院図書館に収められました。現在も中央図書館に所蔵されております。
その後、孫の押川昌一氏より1985(昭和60)年、昌一氏逝去後の2004(平成16)年にはダンボール約70箱の寄贈を受けました。これらの膨大な資料は現在もなお、整理が続けられております。
2.理事会記録
和文と英文の両様があります。和文は1889(明治22)年2月以降、英文は1901(明治34)年4月から1941(昭和16)年10月までのものが残されています。戦後の記録は和文のみです。本学院の重要な問題に関する最終的な決定機関である理事会の記録だけに、最も重要な資料となっています。オリジナルは法人事務局で保管し、当センターでは複製版を所蔵しています。
3.東北学院時報
東北学院時報の創刊は1916(大正5)年1月です。以後、1943(昭和18)年6月まで発刊されましたが、戦争の激化などの影響で、一時発刊は停止されました。復刊したのは戦後の1947(昭和22)年8月からです。この資料はそれぞれの時期における本学院の実情を知る上で最も重要なものの一つです。
本学院に関係する諸問題がくまなく記載されており、本学院がたどった歴史と継承されてきた建学の精神を理解するうえで重要です。
2016(平成28)年の創刊100周年を記念し、創刊号から最新号までの全紙面を閲覧できる環境を法人サイトに整えました。年代から選択して目次を確認できる他、発行日や号数、フリーワードで見出しを検索することも可能です。こちらからご覧ください。
4.教会関係資料
- 『宮城中会記録』
- 『東北中会記録』
1885(明治18)年、押川方義が中心となり、仙台など5教会をもって中会を組織することが第三回日本基督教会大会において認められ、宮城中会と称することになりました。宮城中会は1919(大正8)年には東北中会と改称し、日本基督教団成立後の1943(昭和18)年にまで至りますが、この間の会議の議事録が『宮城中会記録』『東北中会記録』として残されています。これらは初期の数年間を除いて本学院に所蔵されています。
- 『東北教会時報』
- 『神と人』
- 『両羽の光』
『東北教会時報』は、1901(明治34)年から1921(大正10)年にかけて発刊されました。東北地方にある日本基督教会の伝道状況や個人消息などを報道する機関誌で、東北学院構内の教会時報社から発行されています。1922(大正11)年からは『両羽の光』や『会津教壇』などと共に、東北中会の協力伝道局が発刊を開始した『神と人』と合同することとなります。
5.労働会関係資料
- 『労働会雑誌』
- 『芙蓉峰』
働きながら祈り学ぶというのも、本学院の建学の精神の一つです。1892(明治25)年頃、押川を慕って集まった学生たちの自給・自立を図るために設けられた労働会は、多くの人材に勉学の機会を与え、学院全体の発展にも大きく貢献しました。この労働会寄宿舎が1896(明治29)年に発刊した『労働会雑誌』と、発行後直ちに改称された『芙蓉峰』は、当時の学校の活動を知る上でも極めて有益な資料です。一時本学院に在職した島崎藤村も「芙蓉峯を読みて」と題して寄稿しています。
6.文学活動関係資料
- 『東北文学』
1893(明治26)年創刊、東北学院文学会発行。小説、論説、評論、詩歌などを掲載し、東北の文学界に新風を吹き込みました。1897(明治30)年には当時在職中の島崎藤村が推されて文学会長に就任、5月発行の『東北文学』第23号には彼の処女詩集『若菜集』の近刊広告が載せられています。