学校法人東北学院

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東北学院史資料センターWEBコラム【敬神愛人】スタート!

2018年03月06日

東北学院開院式と「敬神愛人」

 仙台神学校として創設された東北学院は、5年後の1891(明治24)年に校名を「東北学院」と改称し、翌1892年11月18日に開院式が盛大に執り行われました。会場は、前年南町通りに完成したばかりのレンガ造りの壮麗な神学部校舎2階の礼拝堂で、当日は一般にも公開されました。県知事や仙台市長をはじめとする招待客たちが次々と人力車で到着し、午後2時、鐘の合図によって式が開始されました。

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 院長押川は、演壇の上に懸けられた「敬神愛人」の額を引用しながら、次のように語り始めました。

「西洋人であるならば、ほとんど間違いなく『神への愛、人への愛』と言うであろうところを、『神を敬う』と言葉を選ぶところに東洋人の心そのものが表されている。敬は東洋においては、西洋における愛と同じく、すべてを結ぶ帯なのである」

 この「敬神愛人」の額は、当時の書道の大家巌谷修の書で、本科4年生がこの言葉を選んだと言われています。この中には、やがて神学部第3回卒業生となる田村兼哉(神学校創設時の最初の6人の一人)や出村悌三郎(第3代院長)などが含まれていました。

 

 明治政府が掲げた「敬神愛国」の教えから一語だけを取り換えることによって、「民族主義から一転して基督教主義に一変した」(『東北学院七十年史』より)ところに、当時の学院生の思想、信仰の表現の面白さが感じられます。なお、NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の西郷隆盛は、「敬天愛人」という言葉を好んで使ったと言われていますが、押川が生涯を通じて尊敬していた人物が西郷隆盛とナポレオンであり、その最期まで居室に掲げられていたのは西郷の画像であったことも面白いところです。

 この額は、その後土樋キャンパス本館2階の会議室の正面に掲げられ、現在は東北学院史資料センターに保存されています。

 

 史資料センターではこれから本院の歴史にまつわるさまざまなトピックやエピソードを、「史資料センターWEBコラム【敬神愛人】」と題してご紹介していく予定です。どうぞご期待ください。