学校法人東北学院

東北学院大学宗教部

宗教部長 野村 信

LIFE LIGHT LOVE(命・光・愛)

ことばうちいのちがあった。いのち人間にんげんらすひかりであった。

(ヨハネによる福音書 第1章4節)

東北学院の「建学の精神」(スクールモットー)は、福音主義に基づくキリスト教教育であり、それをシンボル化して「LIFE LIGHT LOVE(命・光・愛)」と呼びます。この言葉は、本学院を創設した二人の校祖(W.E. ホーイ先生とD.B.シュネーダー先生)の出身地であるペンシルベニア州の合衆国キリスト教団(旧ドイツ改革派教会)がこの言葉を大切にし、両先生はこの言葉を胸に刻んで本学院を設立しました。創立150周年に向かう本学院は、このシンボルを建学の精神とし、高度な専門知識を教授すると共に豊かな人格教育を行うことを目標にしています。

本学で学ぶ一人一人は、知識と教養、創意し工夫できる力を身につけると同時に、この「建学の精神」によって心が滋養され、明確な学びの方向と目標を得て、隣人愛の実践と平和な社会形成に取り組むように期待されています。

「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」と聖書は語っています(コリントの信徒への手紙一、第8章1節)。知識や技術を修得することに専念し、物事を客観的に判断することで満足するなら、当然知識の多い人、専門性の高い人の意見や判断が優先されます。しかしその方向や目的はどこに向かうのでしょうか。スイスの高名な教育者ペスタロッチ(1746 - 1827年)は、「信条も宗教も学ばず、知識だけを修得すると、人はどんな悪でも生み出す」という主旨のことを『Lienhard und Gertrud』という本の中で語っています。

すなわち豊かな知識、高度な専門性を学びつつ、同時に明確な方向、目的を持つことが大切です。さきほどの「LIFE LIGHT LOVE」は、イエス・キリスト自身を指す言葉であり、キリストが人々に命を与え、光を灯し、愛をもって接してくださいます。多くを学んで専門家になることは大切ですが、自分の利益や繁栄だけを願うのではなく、キリストが示して下さったように人々の平和や福利のために生きる生き方が求められます。

現代世界はますます相互交流、多用性の受容、環境との共生、自由で平和な社会を形成することが求められています。本学院では、日々の礼拝と聖書の学びを通してこのような良い精神を学生一人一人が身に付け、地域へ世界へ貢献していけるように願っています。

土樋キャンパス担当
大学宗教主任 出村 みや子、藤野 雄大

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。また次の学年に進級する在校生の皆さんには、引き続き豊かなキャンパスライフが待っていることと思います。聖書には「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時…」(コヘレトの言葉3章1~2節)と記されています。ネットやSNSの普及で常に情報収集に追われる忙しい日々を送るわたしたちですが、東北学院大学ではひと時心のざわめきを鎮めてパイプオルガンの音色に癒され、聖書の語りかけに耳を傾ける時が与えられています。時には自分を静かに見つめ直し、今それぞれに与えられた時を大切に過ごしていきましょう。

多賀城キャンパス担当
大学宗教主任 木村 純二、原田 浩司

工学部の新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。中には、「工学部の自分にはキリスト教なんて関係ない」と思っている人もいるかもしれません。しかし、工学部の「教育目標」には「正しい倫理観を持つ工学技術者の養成」が掲げられています。科学技術はどれほど発達しようとも、結局は人間の使う「道具」ですから、善いも悪いも人間の使い方次第です。だからこそ、高度な専門的知識と技能を持つ工学技術者には、それに伴う倫理的な責任が求められます。日々の礼拝やキリスト教の学びを通じて、自分の行動や生き方を見つめ直し、工学の発展にふさわしい倫理観を身に着けてくれることを期待しています。

泉キャンパス担当
大学宗教主任 田島 卓、吉田 新、渡邊 有美

新入生の皆さん、入学、おめでとうございます。東北学院大学は毎年、2,800人近くの入学者を迎えます。その前身である仙台神学校は今から135年前、1886年に生まれ、当時の入学者はわずか6名でした。現在のように大学が大きくなったとしても、創立の当初から大切にしていることがあります。それは毎日の礼拝を欠かさず守るということです。泉キャンパスの正門から続く長い坂道を上ると、皆さんの目には大きな礼拝堂が見えるでしょう。礼拝では何をするのか。疑問を持たれる方もいるかもしれません。礼拝は日常から離れ、自分と自分を超えた存在に向き合う時です。聖書の言葉を通して、自身を見つめなおす時間を共に過ごしましょう。